×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
夏のロアーヌはよく雷雨になった。
「雷が苦手でしたね、アルウェン姫は」と、ヴィクトルが優しく声をかけてくる。
よくよく見ればとてもきれいな顔立ちで、名家の出の若者らしさ全開の立ち居振舞い。
下手をすれば皇太子よりは美形かも、とアルウェンは分析する。だが、それは強引でぶっとんだところのある皇太子の性格と、控えめなこの弟君を比較しているからかもしれない。
「東方から伝わった話ですが、雷には、いわれがあるんです」と、彼は考え中のライトが頭上にともったアルウェンに続けて語る。
昔むかし、あるところにとても美人の姫がいました。
そこに現れた見知らぬプリンスと恋仲になる姫。
プリンスは雷使いだったので、
姫は雷を使うところを見たいといいました。
しぶるプリンス。
へえ、アタシにねだられても拒否するんだー、へえ。
いじけてしまう姫に、プリンスは、「じゃ見せるっす」。
「それで、どうなったのですか?」
アルウェンの声は震えた。
この話、聞くのは初めてではない。
設定が多少違うけれども、恋人に雷をねだるという根幹の話は、メッサーナに伝わる神話伝説本で読んだのだ。そしてその話では、間近で雷にふれた姫は感電死してしまう。以来、雷には雨がつきものになった――雷撃を操る彼の涙として。
ヴィクトルはにっこりした。
「気になるでしょう? そうだ、もうすぐ東方の祭りのタナバタにあわせて、これをイベントにしたてましょう。ノール男爵と母上に手伝ってもらって、アルウェン姫が楽しめる企画にしますよ」
「あの、悲しい話ではないのですか?」
アルウェンは不審そうに聞く。
「ええ、ハッピーエンディングです。ほんのりとペーソスが加わりますがね」
ハッピーエンディング!?
ペーソス!?
アルウェンは嫌な予感がしてきた。
中庭に石を配置した砂利の庭園が出現していた。周囲にはミリオンバンブーやゴムの木が生い茂り、鋳物のバードフィーダーが真中に鎮座ましまして、水がためられていた。
何に似ているかといえば、カエルの飼育ケースだ。
そろそろと観客の貴族たちが入ってきた。椅子が手前に並べられ、ここはどうやら舞台ということらしい。
ロアーヌ王夫妻はアルウェンを見ると、よく見える特等席にとすすめてくれた。
「ありがとうございます」と、アルウェン。「あの、王妃さま、お尋ねしてもかまいませんか?」
「何なりと」と、カタリナは微笑んだ。この微笑はヴィクトルによく似ている。彼は母上似だ。
「この庭は東方のイメージということですか」
「ええ、よく分かったわね」
どうみても西方ではないのだから。
「あのエサ台はどういう意味があるのでしょうか」
「あそこに水が溜まると、鳥が勝手に飲むでしょう。その動きと音がワサビというものらしいのです」
それをいうならわびさび。
それにししおどしはもっと違う仕組みだったはず。
「…どんな劇なのか楽しみです」と、アルウェンは蚊のなくような声で言った。
劇の主役はユリアン(女装)。
プリンス役はノリノリ(死語)の皇太子。
姫ユリアンがどうしても雷を見たい、と懇願すると、プリンスは「いいですよ、男爵」
「男爵といってはいけない、兄上」と、ヴィクトル。
「そうだった、ごめん、シナリオを一度しか見てないんだー」と、皇太子。
「無理をいってウンドーメ様に書いていただいたのだから、しっかりなさい」と、カタリナ。
…ウンドーメ様!?
アルウェンはますます悪い予感がした。
だって、姫役ができそうな方は一杯いらっしゃるのに、なぜノール男爵なのであろう?
その疑問は次のシーンで氷解することになった。
姫の強烈な願いに応じたプリンス・フェルディナントは、その姫めがけて渾身の玄武術を放ったのである。
「スパークリング・ミスト!」
ボン!しゅわしゅわ……
「かー、これは効くであります!」
ユリアンは素で髪がアフロになって、そのままエサ台の水で鎮火した。
よかった、よかった、と脇役たちが2人を囲み、幕切れ。
拍手喝采。
呆然とするアルウェンに出てきた皇太子が説明する。
「この伝説を再現するには、雷をダミーにするか、姫を耐久力のある者が演じるかのどちらかなんだ。幸いロアーヌ宮にはノール男爵がいると知ると、ウンドーメ様は迫力優先とおっしゃった」
「それでも手加減したわね? 男爵の髪はあちこち緑のむらになってるわ」
「すみません、母上」
まだ何も言えないアルウェンにロアーヌ王が静かに説明した。
「……ロアーヌに伝わった伝説では、姫は偽物という噂があり、プリンスが雷を落とす。というのも、アフロになったら本物だといっていた姫の口癖を信じたのだ。それで真実が証明され、めでたしめでたしとなった。だがアフロの髪は誰でも似合うという物ではないし、まして、姫君のヘアスタイルとしては賛否両論があった。2人の真の苦難はここから始まる、つまり、これが人生の哀歓ということだ」
お父様、お母様、アルウェンにとってのロアーヌの雷は、怖さと同時にロマンも失ったと思えるのは、気のせいでしょうか?
「雷が苦手でしたね、アルウェン姫は」と、ヴィクトルが優しく声をかけてくる。
よくよく見ればとてもきれいな顔立ちで、名家の出の若者らしさ全開の立ち居振舞い。
下手をすれば皇太子よりは美形かも、とアルウェンは分析する。だが、それは強引でぶっとんだところのある皇太子の性格と、控えめなこの弟君を比較しているからかもしれない。
「東方から伝わった話ですが、雷には、いわれがあるんです」と、彼は考え中のライトが頭上にともったアルウェンに続けて語る。
昔むかし、あるところにとても美人の姫がいました。
そこに現れた見知らぬプリンスと恋仲になる姫。
プリンスは雷使いだったので、
姫は雷を使うところを見たいといいました。
しぶるプリンス。
へえ、アタシにねだられても拒否するんだー、へえ。
いじけてしまう姫に、プリンスは、「じゃ見せるっす」。
「それで、どうなったのですか?」
アルウェンの声は震えた。
この話、聞くのは初めてではない。
設定が多少違うけれども、恋人に雷をねだるという根幹の話は、メッサーナに伝わる神話伝説本で読んだのだ。そしてその話では、間近で雷にふれた姫は感電死してしまう。以来、雷には雨がつきものになった――雷撃を操る彼の涙として。
ヴィクトルはにっこりした。
「気になるでしょう? そうだ、もうすぐ東方の祭りのタナバタにあわせて、これをイベントにしたてましょう。ノール男爵と母上に手伝ってもらって、アルウェン姫が楽しめる企画にしますよ」
「あの、悲しい話ではないのですか?」
アルウェンは不審そうに聞く。
「ええ、ハッピーエンディングです。ほんのりとペーソスが加わりますがね」
ハッピーエンディング!?
ペーソス!?
アルウェンは嫌な予感がしてきた。
中庭に石を配置した砂利の庭園が出現していた。周囲にはミリオンバンブーやゴムの木が生い茂り、鋳物のバードフィーダーが真中に鎮座ましまして、水がためられていた。
何に似ているかといえば、カエルの飼育ケースだ。
そろそろと観客の貴族たちが入ってきた。椅子が手前に並べられ、ここはどうやら舞台ということらしい。
ロアーヌ王夫妻はアルウェンを見ると、よく見える特等席にとすすめてくれた。
「ありがとうございます」と、アルウェン。「あの、王妃さま、お尋ねしてもかまいませんか?」
「何なりと」と、カタリナは微笑んだ。この微笑はヴィクトルによく似ている。彼は母上似だ。
「この庭は東方のイメージということですか」
「ええ、よく分かったわね」
どうみても西方ではないのだから。
「あのエサ台はどういう意味があるのでしょうか」
「あそこに水が溜まると、鳥が勝手に飲むでしょう。その動きと音がワサビというものらしいのです」
それをいうならわびさび。
それにししおどしはもっと違う仕組みだったはず。
「…どんな劇なのか楽しみです」と、アルウェンは蚊のなくような声で言った。
劇の主役はユリアン(女装)。
プリンス役はノリノリ(死語)の皇太子。
姫ユリアンがどうしても雷を見たい、と懇願すると、プリンスは「いいですよ、男爵」
「男爵といってはいけない、兄上」と、ヴィクトル。
「そうだった、ごめん、シナリオを一度しか見てないんだー」と、皇太子。
「無理をいってウンドーメ様に書いていただいたのだから、しっかりなさい」と、カタリナ。
…ウンドーメ様!?
アルウェンはますます悪い予感がした。
だって、姫役ができそうな方は一杯いらっしゃるのに、なぜノール男爵なのであろう?
その疑問は次のシーンで氷解することになった。
姫の強烈な願いに応じたプリンス・フェルディナントは、その姫めがけて渾身の玄武術を放ったのである。
「スパークリング・ミスト!」
ボン!しゅわしゅわ……
「かー、これは効くであります!」
ユリアンは素で髪がアフロになって、そのままエサ台の水で鎮火した。
よかった、よかった、と脇役たちが2人を囲み、幕切れ。
拍手喝采。
呆然とするアルウェンに出てきた皇太子が説明する。
「この伝説を再現するには、雷をダミーにするか、姫を耐久力のある者が演じるかのどちらかなんだ。幸いロアーヌ宮にはノール男爵がいると知ると、ウンドーメ様は迫力優先とおっしゃった」
「それでも手加減したわね? 男爵の髪はあちこち緑のむらになってるわ」
「すみません、母上」
まだ何も言えないアルウェンにロアーヌ王が静かに説明した。
「……ロアーヌに伝わった伝説では、姫は偽物という噂があり、プリンスが雷を落とす。というのも、アフロになったら本物だといっていた姫の口癖を信じたのだ。それで真実が証明され、めでたしめでたしとなった。だがアフロの髪は誰でも似合うという物ではないし、まして、姫君のヘアスタイルとしては賛否両論があった。2人の真の苦難はここから始まる、つまり、これが人生の哀歓ということだ」
お父様、お母様、アルウェンにとってのロアーヌの雷は、怖さと同時にロマンも失ったと思えるのは、気のせいでしょうか?
PR
Comment