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カタリナは怒りに震え、握りこぶしでパブのテーブルを叩き割らんばかりだった。グラスの黒ビールは一気に飲み干している。見事な飲みっぷり。しかしながら、流れ者のトレーダーであるトーマスが、思わず気になってどうしましたかと声をかけるほど、彼女は異様な状態だった。
「家宝を盗まれたんです。マスカレイドを!」叫ぶような口調で彼女は答えた。
「え、家宝を? どんなヤツにです?」
トーマスは、家宝というからには宝石をちりばめた冠か何かだろうととっさに想像した。彼女、店での態度から見ても貴族という雰囲気で、さっきまでの雷雨を避けるためにお忍びでここで愚痴っているに違いない。
「暗くて、土砂降りで、顔までは。どうしよう、大事な大事な、マスカレイド。15歳の頃からかれこれ○年、ずっとそばにおいていたのに!」
今度は涙ぐみながら赤ワインを一気飲みである。「かれこれ」のあとを何年なのか伏せるのは、実年齢をごまかしているのだが、それよりビールと混ぜたのでは悪酔いしそうだ、とトーマスは思った。
「よし、雨も上がったし、もう逃がすものですか」と、勢いよく立ち上がるカタリナ。まだ全然酔っていないようだ。さすがだな、と、なぜかトーマスは感心した。
「同行しましょうか。女性一人で賊を追うなど、危険です」
「それはご親切に。でもお礼を払う能力がありませんの。それとも、このパブの馬を持っていく?」
いいえ、と、トーマスは真面目に首を振って。
「それより、詳しくお話しください。きっと力になれると思うんです」
そこへ、パブのドアが開いてポニーテールの若いムスメが入ってきた。
「いたよ、マスカレイド。ケガもないし、もう納屋よ」
いたって?トーマスは耳を疑った。ケガもない?
「納屋の裏にケガしてる男がいて、怪しいと思えばこいつが泥棒でね。弓で脅してとっとと役人に突き出してやったわ」
「何から何までありがとう、エレン。一杯おごるわよ」
エレンは差し出されたウイスキーを、まるでスポーツ飲料でも飲むようにごくごくと飲んだ。
「そうそ、カタリナ、これからバーベキューでもどう?」と、麻袋に入れた野菜の山を見せる。
「いいわねえ」
二人はご機嫌で連れ立ってパブを出て行く。
「あの、マスカレイドってひょっとして」トーマスはけげんな顔を隠せない。
「ええ」カタリナは笑って答えた。「うちの農場の大事な乳牛のことですわ。大型の珍しい種類で、素晴らしい赤色をしてるわ。目をつけた泥棒は大抵蹴られて逃げ出す気の荒い牛なんだけど、おやつにチロリアンを欲しがるときは子牛みたいなの」
「はあ」
パブのドアの向こうは、牧草地が広がっている。エレンはそこで髪を風になびかせて森のかなたを見つめた。トーマスはその横顔が美しいことに気付き、思わず、どうしたんですかと声をかけた。
エレンは手にしたピーマンを持ち直し、ぽつりと言った。「東へ、行ってみたいわ」
「家宝を盗まれたんです。マスカレイドを!」叫ぶような口調で彼女は答えた。
「え、家宝を? どんなヤツにです?」
トーマスは、家宝というからには宝石をちりばめた冠か何かだろうととっさに想像した。彼女、店での態度から見ても貴族という雰囲気で、さっきまでの雷雨を避けるためにお忍びでここで愚痴っているに違いない。
「暗くて、土砂降りで、顔までは。どうしよう、大事な大事な、マスカレイド。15歳の頃からかれこれ○年、ずっとそばにおいていたのに!」
今度は涙ぐみながら赤ワインを一気飲みである。「かれこれ」のあとを何年なのか伏せるのは、実年齢をごまかしているのだが、それよりビールと混ぜたのでは悪酔いしそうだ、とトーマスは思った。
「よし、雨も上がったし、もう逃がすものですか」と、勢いよく立ち上がるカタリナ。まだ全然酔っていないようだ。さすがだな、と、なぜかトーマスは感心した。
「同行しましょうか。女性一人で賊を追うなど、危険です」
「それはご親切に。でもお礼を払う能力がありませんの。それとも、このパブの馬を持っていく?」
いいえ、と、トーマスは真面目に首を振って。
「それより、詳しくお話しください。きっと力になれると思うんです」
そこへ、パブのドアが開いてポニーテールの若いムスメが入ってきた。
「いたよ、マスカレイド。ケガもないし、もう納屋よ」
いたって?トーマスは耳を疑った。ケガもない?
「納屋の裏にケガしてる男がいて、怪しいと思えばこいつが泥棒でね。弓で脅してとっとと役人に突き出してやったわ」
「何から何までありがとう、エレン。一杯おごるわよ」
エレンは差し出されたウイスキーを、まるでスポーツ飲料でも飲むようにごくごくと飲んだ。
「そうそ、カタリナ、これからバーベキューでもどう?」と、麻袋に入れた野菜の山を見せる。
「いいわねえ」
二人はご機嫌で連れ立ってパブを出て行く。
「あの、マスカレイドってひょっとして」トーマスはけげんな顔を隠せない。
「ええ」カタリナは笑って答えた。「うちの農場の大事な乳牛のことですわ。大型の珍しい種類で、素晴らしい赤色をしてるわ。目をつけた泥棒は大抵蹴られて逃げ出す気の荒い牛なんだけど、おやつにチロリアンを欲しがるときは子牛みたいなの」
「はあ」
パブのドアの向こうは、牧草地が広がっている。エレンはそこで髪を風になびかせて森のかなたを見つめた。トーマスはその横顔が美しいことに気付き、思わず、どうしたんですかと声をかけた。
エレンは手にしたピーマンを持ち直し、ぽつりと言った。「東へ、行ってみたいわ」
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