×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
フェリックスは、急いで茂みの中を覗いた。にぎやかなパスの一族をもう一度ちゃんと見ておきたかったからだ。通じるかどうかはわからないが、助けてくれた礼も言いたかった。チョコレート色の、ちょっと不気味で可愛い姿を想像していたのだが、茂みの向こうにはその影も形も残っていなかった。
「シャイな連中らしいですね」フェリックスは徒労に終わった探索から戻り、木漏れ日の下で話し込んでいる師弟に向かって言った。
「君は、彼らの姿が見えたのか?」
ティベリウスの問いにフェリックスはけげんな顔をする。
「完全に見たのではないですけど、初対面のときは悪さをしかけられましたし、声も聞きました。小さい、ええと、そうだ、身長はうさぎくらいな感じ。何を言ってるかは、それこそ、ハリードさんが通訳してくれたんです」
「何か、不思議な力が働いたとしか思えぬ」
ティベリウスは、ズィールに持たせていた包みを丁寧に解いた。そこには、ロアーヌで受け取ったのとよく似た、古い書物が包まれていた。
フェリックスはますます不思議そうにそれを受け取る。
「これは、例の本?」
「その一部分、つまりね、この書物は分冊になっていたんだ。これがさっきのガーディアンの出現した近くから出てきた。一種の結界が、ヴィマータの祠の崩壊によって崩れたんだね」
フェリックスはそっとページをめくってみた。ティベリウスが素早く慎重に土と汚れを落としたのは明白だった。装丁は皮のようだがこれはぼろぼろで、下手に力を入れると剥がれ落ちる。中身については、予想はしたが、まるで読める文字ではない。ただ、どこかで見たような気がしていた。
「ロアーヌに持ち帰ってもかまいませんか?」
ティベリウスはむしろほっとしたような顔でうなずいた。
「もちろん、そのつもりでお渡しする。祠の跡地に見落としはしていないつもりだったから、君を見つけてまた同じ場所を歩いて、これを見つけたのは運が良かったのだ」
フェリックスは、それはまたラッキーな偶然だ、と笑ったが、ふと気がついて、
「BB号がいなくなれば、ミュルス方面への船はいつ出るんでしょう?」
そこでズィールがにやりと笑った。
「心配するな、僕が送り届けるよ」
そしてもう術の詠唱に入ったので、フェリックスは本をあわてて包みながら、片手でちょっと待った、と合図した。ティベリウスはその2人の様子をクスクスと楽しそうに眺め、弟子に待つようにとは言わないでさせている。ズィールはたちまちのうちに、その場に気泡がきらきらと光る水の柱を出現させ、フェリックスはそれにすっぽりと覆われた。
「その本は、この世界の成り行きに大いに関係があると思う。解読はできるだけ急いで欲しい、次の、恐るべき死食に間に合うようにな」
フェリックスは右手を伸ばし、承知の意味で親指を突き上げて見せた。
水柱の周辺だけ青黒くなり、空間がゆがんで切り開かれる。ズィールは集中した。
「さよなら、フェリックス! あとを頼んだぞ!」
「ありがとう、お2人のことは忘れない」
フェリックスは大声で叫んだ。
と同時に、強い力で押され、ふわっと舞い上がった次の瞬間には、どこかに落下していた。
「お2人? またどこかでご婦人方にお世話になりましたの、お兄様?」
懐かしい声が頭上から響いた。目の前には見覚えのある古風な暖炉があった。磨かれたあめ色の枠がついた美しい天窓から、初冬の日差しが注いでいる。
フェリックスが見上げると、書庫の階段で妹のアンゼリカがにっこり微笑んでいた。
フェリックスは少しあきれたような照れたような顔になり、頭をかいた。
「いきなり現れたのにちっとも驚かないんだな」
「あら、ジャングルに出発なさるときも特別な術だったのでしょう、陛下からも伺ってますわ。それで、そこになにをお持ちになりました?」
若草色のカールした美しい髪がふわふわと揺れた。アンゼリカは軽やかに階段を降りながら、(とはいえ、手には解読中のメモがぎっしりのノートが握られ、その手はインクで片側だけ汚れてしまっていた)早速、兄の手にある本に目をつけた。
「素晴らしい。これが手に入るとは思わなかったわ」
「じゃあ、これが2分冊だととうに知ってたのかい?」
人が熱帯雨林で巨大竜に追い回され凶悪な昆虫に悩まされ、ツタに絡まって苦労した甲斐もあったというべきだろうか。フェリックスは驚くやらあきれるやらで、本を渡しながらつい大声になる。
「知ってたんじゃないわ、突き止めたのよ」アンゼリカは手袋を手早くはめ、早速本をめくりはじめる。
「ピドナで発見されたネメシスの書、最初にジャングルからもたらされた次のネメシスの書、どちらも解読が終わったのだけど、肝心なことが欠落していたわ」
「それは?」
「ネメシスがしかけた脅威に人類がどう立ち向かうべきか。これを書いた、もしくは書ける人々ならば、その方法を知っていたはず。ともかく急いで解読するわ、していいでしょ?」
フェリックスはこくんとうなずき、包みの布をきちんとたたんでから机に置いた。
「そのように頼まれている。伯父上には僕から報告しよう。帰ってきた挨拶もある」
そう言って書庫の出口に向かいつつ、フェリックスは妹を振り返った。
「実は、嫌な感じがするんだ」
「わかってる」と、アンゼリカは肩をすくめた。
2人は同時に言った。「最後のネメシスの書を、敵がすでに手にしてる可能性」
人類を救う手段を示す本は、そのまま、敵にとっては人類を完膚なきまでに叩きのめす手法を教えることになる。
「解読に天体の記号を用いたと言ったね?」フェリックスは思いついたことがあった。
「ええ」
「基本だけ教えてくれ」
アンゼリカは要点だけを解説した。解読に全くたずさわっていなくても、それでフェリックスは理解できる。
「ひょっとして、と思う人物がいる。ネメシスの書に一番近いともいえそうな悪党だ」
フェリックスはつぶやくように言い、書庫を見渡して、警護を増やすと伝えた。
「支度を終えたらすぐファルスに向かうよ。とんぼ返りで母上はまた残念がるだろうが--」
アンゼリカはさっぱりとした笑顔を見せた。「いつものことでしょう。しっかりね」
ティベリウスの老体は、熱帯の鳥がさえずる林の道で3度転びかけた。術力のほとんどを駆使してフェリックスを寸分たがわず目的地に飛ばしたため、ズィールは身動きできなくなっていたのだが、細身とはいえ彼を背負って歩くのは老体にはこたえた。
「術力を使い果たすなとあれほど言ってあるだろう。お前さんは特異体質で、術力をゼロにされたら息の根までとまるのだぞ」
「死にやしませんよ、これくらい……」ズィールはぐったりと背負われたまま、楽しそうに微笑んだ。「竜王の子をペットにするし、パスの一族とはいきなり口をきくし、ふふっ、ガーディアンが美人だと倒しそこなうし……フェリックス・ノール、彼は面白い。必要とあれば何度でも飛ばしますよ」
「シャイな連中らしいですね」フェリックスは徒労に終わった探索から戻り、木漏れ日の下で話し込んでいる師弟に向かって言った。
「君は、彼らの姿が見えたのか?」
ティベリウスの問いにフェリックスはけげんな顔をする。
「完全に見たのではないですけど、初対面のときは悪さをしかけられましたし、声も聞きました。小さい、ええと、そうだ、身長はうさぎくらいな感じ。何を言ってるかは、それこそ、ハリードさんが通訳してくれたんです」
「何か、不思議な力が働いたとしか思えぬ」
ティベリウスは、ズィールに持たせていた包みを丁寧に解いた。そこには、ロアーヌで受け取ったのとよく似た、古い書物が包まれていた。
フェリックスはますます不思議そうにそれを受け取る。
「これは、例の本?」
「その一部分、つまりね、この書物は分冊になっていたんだ。これがさっきのガーディアンの出現した近くから出てきた。一種の結界が、ヴィマータの祠の崩壊によって崩れたんだね」
フェリックスはそっとページをめくってみた。ティベリウスが素早く慎重に土と汚れを落としたのは明白だった。装丁は皮のようだがこれはぼろぼろで、下手に力を入れると剥がれ落ちる。中身については、予想はしたが、まるで読める文字ではない。ただ、どこかで見たような気がしていた。
「ロアーヌに持ち帰ってもかまいませんか?」
ティベリウスはむしろほっとしたような顔でうなずいた。
「もちろん、そのつもりでお渡しする。祠の跡地に見落としはしていないつもりだったから、君を見つけてまた同じ場所を歩いて、これを見つけたのは運が良かったのだ」
フェリックスは、それはまたラッキーな偶然だ、と笑ったが、ふと気がついて、
「BB号がいなくなれば、ミュルス方面への船はいつ出るんでしょう?」
そこでズィールがにやりと笑った。
「心配するな、僕が送り届けるよ」
そしてもう術の詠唱に入ったので、フェリックスは本をあわてて包みながら、片手でちょっと待った、と合図した。ティベリウスはその2人の様子をクスクスと楽しそうに眺め、弟子に待つようにとは言わないでさせている。ズィールはたちまちのうちに、その場に気泡がきらきらと光る水の柱を出現させ、フェリックスはそれにすっぽりと覆われた。
「その本は、この世界の成り行きに大いに関係があると思う。解読はできるだけ急いで欲しい、次の、恐るべき死食に間に合うようにな」
フェリックスは右手を伸ばし、承知の意味で親指を突き上げて見せた。
水柱の周辺だけ青黒くなり、空間がゆがんで切り開かれる。ズィールは集中した。
「さよなら、フェリックス! あとを頼んだぞ!」
「ありがとう、お2人のことは忘れない」
フェリックスは大声で叫んだ。
と同時に、強い力で押され、ふわっと舞い上がった次の瞬間には、どこかに落下していた。
「お2人? またどこかでご婦人方にお世話になりましたの、お兄様?」
懐かしい声が頭上から響いた。目の前には見覚えのある古風な暖炉があった。磨かれたあめ色の枠がついた美しい天窓から、初冬の日差しが注いでいる。
フェリックスが見上げると、書庫の階段で妹のアンゼリカがにっこり微笑んでいた。
フェリックスは少しあきれたような照れたような顔になり、頭をかいた。
「いきなり現れたのにちっとも驚かないんだな」
「あら、ジャングルに出発なさるときも特別な術だったのでしょう、陛下からも伺ってますわ。それで、そこになにをお持ちになりました?」
若草色のカールした美しい髪がふわふわと揺れた。アンゼリカは軽やかに階段を降りながら、(とはいえ、手には解読中のメモがぎっしりのノートが握られ、その手はインクで片側だけ汚れてしまっていた)早速、兄の手にある本に目をつけた。
「素晴らしい。これが手に入るとは思わなかったわ」
「じゃあ、これが2分冊だととうに知ってたのかい?」
人が熱帯雨林で巨大竜に追い回され凶悪な昆虫に悩まされ、ツタに絡まって苦労した甲斐もあったというべきだろうか。フェリックスは驚くやらあきれるやらで、本を渡しながらつい大声になる。
「知ってたんじゃないわ、突き止めたのよ」アンゼリカは手袋を手早くはめ、早速本をめくりはじめる。
「ピドナで発見されたネメシスの書、最初にジャングルからもたらされた次のネメシスの書、どちらも解読が終わったのだけど、肝心なことが欠落していたわ」
「それは?」
「ネメシスがしかけた脅威に人類がどう立ち向かうべきか。これを書いた、もしくは書ける人々ならば、その方法を知っていたはず。ともかく急いで解読するわ、していいでしょ?」
フェリックスはこくんとうなずき、包みの布をきちんとたたんでから机に置いた。
「そのように頼まれている。伯父上には僕から報告しよう。帰ってきた挨拶もある」
そう言って書庫の出口に向かいつつ、フェリックスは妹を振り返った。
「実は、嫌な感じがするんだ」
「わかってる」と、アンゼリカは肩をすくめた。
2人は同時に言った。「最後のネメシスの書を、敵がすでに手にしてる可能性」
人類を救う手段を示す本は、そのまま、敵にとっては人類を完膚なきまでに叩きのめす手法を教えることになる。
「解読に天体の記号を用いたと言ったね?」フェリックスは思いついたことがあった。
「ええ」
「基本だけ教えてくれ」
アンゼリカは要点だけを解説した。解読に全くたずさわっていなくても、それでフェリックスは理解できる。
「ひょっとして、と思う人物がいる。ネメシスの書に一番近いともいえそうな悪党だ」
フェリックスはつぶやくように言い、書庫を見渡して、警護を増やすと伝えた。
「支度を終えたらすぐファルスに向かうよ。とんぼ返りで母上はまた残念がるだろうが--」
アンゼリカはさっぱりとした笑顔を見せた。「いつものことでしょう。しっかりね」
ティベリウスの老体は、熱帯の鳥がさえずる林の道で3度転びかけた。術力のほとんどを駆使してフェリックスを寸分たがわず目的地に飛ばしたため、ズィールは身動きできなくなっていたのだが、細身とはいえ彼を背負って歩くのは老体にはこたえた。
「術力を使い果たすなとあれほど言ってあるだろう。お前さんは特異体質で、術力をゼロにされたら息の根までとまるのだぞ」
「死にやしませんよ、これくらい……」ズィールはぐったりと背負われたまま、楽しそうに微笑んだ。「竜王の子をペットにするし、パスの一族とはいきなり口をきくし、ふふっ、ガーディアンが美人だと倒しそこなうし……フェリックス・ノール、彼は面白い。必要とあれば何度でも飛ばしますよ」
PR
Comment