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オリバーのいた銀行が建物ごと消し飛んだと聞かされ、その場で気を失ったコーデルはほどなく意識を取り戻し、体調は何ともないし、その事件はショックだが今直面している問題とは無関係だと言い張った。だがソロンギルは気を遣って彼女を休ませ、今日の打ち合わせは中止になった。
その日はもう暮れかかっていた。なんて恥ずかしい、とコーデルはソファで頭を抱え、呟いた。こらえようとしてもオリバーを心配する余りに、声が震え、顔が青ざめたままなのを抑えることができない。セリーはどうやって慰めようかと気をもんだが、ちょうどいいタイミングで鍛冶職人の3兄弟がコーデルに話をしに現れたのだ。
そこで語られたことはとても信じがたい内容だったが、いい加減な慰めよりもはるかに効果があったらしい。3人が帰ったあとでは、コーデルは顔に赤みが戻っていた。
「あの人たちの話といったら」と、セリーは精一杯呆れた様子で言ったが、好奇心ありありの本音が誰の目にも明らかだった。コーデルは、ピドナに来て少しは上達したらしいセリーの紅茶のいれかたを黙って見ていた。
「わたくしが兜をなくしたのでないとしたら、それは大いに助かるとは思いますわ。でも、その兜のもともとの金属が、不老不死の詩人のいわれがあって、モノを言う魔法のメタルだったと、そこまでいくとファンタジーですわ」
「あなたの存在にしても十分ファンタジーよ」
紅茶の湯気が窓辺に飾られたキクとバラの香りに混じって漂った。コーデルは、セリーがわざと足したハート型の角砂糖をカップの中で丁寧に崩しながら、侍女をちらっと見る。ファンタジーといっても、美しい精霊とかそんな意味では勿論ない。皮肉半分の言葉なのに、褒められたと思って今にも踊り始めそうなセリー。
「それにしても、あの兄弟がでっちあげたお話とも思えないふしがございますわ。オリバーさんのお父上の時代に貰ったメタルだというのですし。ツヴァイクには、昔から吟遊詩人のマークがついたパブや何か多いと聞きます。お守りとしてもポピュラーなのでしょう? 月と一角クジラのマークも見かけますけれども、それは公爵家御用達でしたわね」
そのときだった。コーデルの表情がさっとこわばり、カップに口をつけずに注意深く香りを嗅いだ。
「あ、すみませんっ、渋かったのですか?」
「しっ」
コーデルは警戒して指を立てた。そうして、びっくりしている侍女の脇を立って、花瓶の中身を吟味しはじめた。
あった。バラやキクに混ぜて、見えにくくなっているが、一本だけそっけない枝が混じっている。
「キョウチクトウ」小声で、コーデルは言った。
「?」
「わからないでしょうね。トゲもないし、目立たない。けれど猛毒がある植物よ。ティーリーフとは違う、枝の小さな破片にみえるものが浮いていたので気がついたのだけど」
セリーは叫びそうになり、自分で口をふさいだ。
「落ち着きなさい、あなたを疑ったりしないわ。この花瓶を活けたのはあなたじゃないし、紅茶は、戻ってきたとき、ポットが手回しよく熱くされてあらかじめ置いてあったでしょう」
「でも、それでも、このピドナに……」
「ツヴァイクからの侍女に混じっている可能性もあるわ。女とも限らない。素早くこの部屋に出入りできさえすれば誰でも。こうなったら、いい? どうせ今日は打ち合わせもないのだから」
コーデルは何かを決意したようだった。
セリーは、あるじの命令を何度もゴックンと飲み込んで覚えこんだ。
ピドナの王宮では使用人の間に通達があった。
コーデル姫は昼間の知らせのあと休んでいたが、気分は一向によくなる気配がなく、逆に寝込んでしまわれた。ソロンギル様は、疲れがたたったのだろうと言われる。このことを考慮して、日ごろ慣れているツヴァイクの方々に姫のお世話をお願いする。
そのツヴァイクの侍女と兵士は全部で6人だった。兵士たちは一様にコーデルの身を心配した。
「もしも、何か重篤なご病気だったら?」「公爵は高齢、後継者は姫しかおられないのに」ひそひそ声でうわさが広まっていく。侍女たちは、「平民のセリー・ボイドに何でもおいいつけになるから、お世話が行き届かないのだわ」と文句を言って、ヤヴァンナ=ケメンターリ産のアプリコット・ケーキでお茶していた。話題は兵士たちほど深刻なものにはならず、ひとしきりケーキの味を分析し褒めちぎったあとは、自分たちの恋バナに移行していく。「ピドナは港町だけに、いろんな人種がいるけど、浅黒い肌のカッコイイ人が……」
そんな中で、一人の侍女が、お茶にも無駄話にも加わらず、人のいない廊下を歩いていた。王宮の侍女や近衛兵にまで顔は知れており、また美人で、名家の縁者ながら控えめな態度でもあったので、ツヴァイクの侍女のうちでもすぐに覚えられ一目置かれている人物だった。
彼女は薄暗がりで階段へさっと曲がり、次の間から誰もいない塔へと素早く移動した。そしてその小窓からぽいと巻いた紙片を投げ落とした。相手がすぐ現れたのか、何か声をかけている。
「コーデル様、やはりソロンギル様に知らせたほうが」セリーはこわごわ言う。
「駄目よ。ここで騒いだら黒幕に逃げられるじゃないの」
セリーは気が気ではなかった。顔を確認するには、この廊下の陰からでは遠すぎ、暗すぎる。コーデルは剣の腕が立つけれど、勝手を良く知らない場所で、一人で刺客を捕らえようなんて、それはやはり姫君としては無謀だ。
さっきの侍女は塔から離れ、廊下を歩いてそのまま遠ざかった。だが廊下にあるあかりのおかげで、半分以上顔が見える瞬間があった。そして裏切り者の顔を見てコーデルは唇を噛んだ。信用していた侍女だったのだ。子供の頃から知っており、物腰は優雅で、立派な教育も受けていた。その人が塔から下に向かって言ったのだった、「計画を実行した。毒の痕跡は薬で消しておきます」と。
コーデルとセリーはそのまま部屋に戻った。そして、コーデルは愛用のレイピアをドレスの下にしのばせた。
「セリー」
「はい」
「私に万一のことがあったときは、近くで騒いではいけません。刺客は邪魔者は容赦しないから、真っ先に殺されるだけです」
「そんな」
「ちゃんと聞いて。もしものときは、厩舎に走って、オッセ・フィンを、引き出すのよ。王宮の警備はあの裏切り者の顔を見て、よもや刺客とは思わないでしょう、でも知らせる暇も必要もないわ。私のことは、病死に見せかける手はずのようだし、メッサーナ王家を表立って頼って巻き込めばツヴァイク国内の混乱がひどくなる。だからあなたはあの馬で逃げるの。そして、ツヴァイクで、公爵にすべてを報告して頂戴」
セリーは黙ってコクコクとうなずくことしかできず、コーデルの顔を見上げてその手を、丸々した甘い香りの自分の手で握り締めた。そしてそうしながら必死に祈った。
――早く無事な姿を見せないと、コーデル様はまるで自暴自棄のように、お命にかかわることを始めます。止められるのは、きっと、いや、絶対に、あなただけなんです、オリバーさん!!――
その日はもう暮れかかっていた。なんて恥ずかしい、とコーデルはソファで頭を抱え、呟いた。こらえようとしてもオリバーを心配する余りに、声が震え、顔が青ざめたままなのを抑えることができない。セリーはどうやって慰めようかと気をもんだが、ちょうどいいタイミングで鍛冶職人の3兄弟がコーデルに話をしに現れたのだ。
そこで語られたことはとても信じがたい内容だったが、いい加減な慰めよりもはるかに効果があったらしい。3人が帰ったあとでは、コーデルは顔に赤みが戻っていた。
「あの人たちの話といったら」と、セリーは精一杯呆れた様子で言ったが、好奇心ありありの本音が誰の目にも明らかだった。コーデルは、ピドナに来て少しは上達したらしいセリーの紅茶のいれかたを黙って見ていた。
「わたくしが兜をなくしたのでないとしたら、それは大いに助かるとは思いますわ。でも、その兜のもともとの金属が、不老不死の詩人のいわれがあって、モノを言う魔法のメタルだったと、そこまでいくとファンタジーですわ」
「あなたの存在にしても十分ファンタジーよ」
紅茶の湯気が窓辺に飾られたキクとバラの香りに混じって漂った。コーデルは、セリーがわざと足したハート型の角砂糖をカップの中で丁寧に崩しながら、侍女をちらっと見る。ファンタジーといっても、美しい精霊とかそんな意味では勿論ない。皮肉半分の言葉なのに、褒められたと思って今にも踊り始めそうなセリー。
「それにしても、あの兄弟がでっちあげたお話とも思えないふしがございますわ。オリバーさんのお父上の時代に貰ったメタルだというのですし。ツヴァイクには、昔から吟遊詩人のマークがついたパブや何か多いと聞きます。お守りとしてもポピュラーなのでしょう? 月と一角クジラのマークも見かけますけれども、それは公爵家御用達でしたわね」
そのときだった。コーデルの表情がさっとこわばり、カップに口をつけずに注意深く香りを嗅いだ。
「あ、すみませんっ、渋かったのですか?」
「しっ」
コーデルは警戒して指を立てた。そうして、びっくりしている侍女の脇を立って、花瓶の中身を吟味しはじめた。
あった。バラやキクに混ぜて、見えにくくなっているが、一本だけそっけない枝が混じっている。
「キョウチクトウ」小声で、コーデルは言った。
「?」
「わからないでしょうね。トゲもないし、目立たない。けれど猛毒がある植物よ。ティーリーフとは違う、枝の小さな破片にみえるものが浮いていたので気がついたのだけど」
セリーは叫びそうになり、自分で口をふさいだ。
「落ち着きなさい、あなたを疑ったりしないわ。この花瓶を活けたのはあなたじゃないし、紅茶は、戻ってきたとき、ポットが手回しよく熱くされてあらかじめ置いてあったでしょう」
「でも、それでも、このピドナに……」
「ツヴァイクからの侍女に混じっている可能性もあるわ。女とも限らない。素早くこの部屋に出入りできさえすれば誰でも。こうなったら、いい? どうせ今日は打ち合わせもないのだから」
コーデルは何かを決意したようだった。
セリーは、あるじの命令を何度もゴックンと飲み込んで覚えこんだ。
ピドナの王宮では使用人の間に通達があった。
コーデル姫は昼間の知らせのあと休んでいたが、気分は一向によくなる気配がなく、逆に寝込んでしまわれた。ソロンギル様は、疲れがたたったのだろうと言われる。このことを考慮して、日ごろ慣れているツヴァイクの方々に姫のお世話をお願いする。
そのツヴァイクの侍女と兵士は全部で6人だった。兵士たちは一様にコーデルの身を心配した。
「もしも、何か重篤なご病気だったら?」「公爵は高齢、後継者は姫しかおられないのに」ひそひそ声でうわさが広まっていく。侍女たちは、「平民のセリー・ボイドに何でもおいいつけになるから、お世話が行き届かないのだわ」と文句を言って、ヤヴァンナ=ケメンターリ産のアプリコット・ケーキでお茶していた。話題は兵士たちほど深刻なものにはならず、ひとしきりケーキの味を分析し褒めちぎったあとは、自分たちの恋バナに移行していく。「ピドナは港町だけに、いろんな人種がいるけど、浅黒い肌のカッコイイ人が……」
そんな中で、一人の侍女が、お茶にも無駄話にも加わらず、人のいない廊下を歩いていた。王宮の侍女や近衛兵にまで顔は知れており、また美人で、名家の縁者ながら控えめな態度でもあったので、ツヴァイクの侍女のうちでもすぐに覚えられ一目置かれている人物だった。
彼女は薄暗がりで階段へさっと曲がり、次の間から誰もいない塔へと素早く移動した。そしてその小窓からぽいと巻いた紙片を投げ落とした。相手がすぐ現れたのか、何か声をかけている。
「コーデル様、やはりソロンギル様に知らせたほうが」セリーはこわごわ言う。
「駄目よ。ここで騒いだら黒幕に逃げられるじゃないの」
セリーは気が気ではなかった。顔を確認するには、この廊下の陰からでは遠すぎ、暗すぎる。コーデルは剣の腕が立つけれど、勝手を良く知らない場所で、一人で刺客を捕らえようなんて、それはやはり姫君としては無謀だ。
さっきの侍女は塔から離れ、廊下を歩いてそのまま遠ざかった。だが廊下にあるあかりのおかげで、半分以上顔が見える瞬間があった。そして裏切り者の顔を見てコーデルは唇を噛んだ。信用していた侍女だったのだ。子供の頃から知っており、物腰は優雅で、立派な教育も受けていた。その人が塔から下に向かって言ったのだった、「計画を実行した。毒の痕跡は薬で消しておきます」と。
コーデルとセリーはそのまま部屋に戻った。そして、コーデルは愛用のレイピアをドレスの下にしのばせた。
「セリー」
「はい」
「私に万一のことがあったときは、近くで騒いではいけません。刺客は邪魔者は容赦しないから、真っ先に殺されるだけです」
「そんな」
「ちゃんと聞いて。もしものときは、厩舎に走って、オッセ・フィンを、引き出すのよ。王宮の警備はあの裏切り者の顔を見て、よもや刺客とは思わないでしょう、でも知らせる暇も必要もないわ。私のことは、病死に見せかける手はずのようだし、メッサーナ王家を表立って頼って巻き込めばツヴァイク国内の混乱がひどくなる。だからあなたはあの馬で逃げるの。そして、ツヴァイクで、公爵にすべてを報告して頂戴」
セリーは黙ってコクコクとうなずくことしかできず、コーデルの顔を見上げてその手を、丸々した甘い香りの自分の手で握り締めた。そしてそうしながら必死に祈った。
――早く無事な姿を見せないと、コーデル様はまるで自暴自棄のように、お命にかかわることを始めます。止められるのは、きっと、いや、絶対に、あなただけなんです、オリバーさん!!――
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