×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ファルスに戻ったアリエンとヤン・エイは、早速天文台の資料を陣営に届けた。ネスのことを報告すると、トゥルカスは、きっと戻る、とだけ神妙に言った。
「それで、トゥルカス、天文台の資料を読めるの?」アリエンは真顔で尋ねる。
「最初のほうはわかりやすいがな」分厚い資料だった。大柄の若い騎士は、その終わりのほうをめくり、複雑な数式を見て困ったように首をかしげた。「オレがほしい解説は一言、いつ、どんな天変地異がおきるかだ。これを見てもわからない」
ジョカルはまだ戻らない。リブロフからの帰還の知らせも来ていない。
陣営は、暇をもてあます兵士で溢れていた。よい天気で、気温だけは低い。
木枯らしになりそうだ、とトゥルカスはつぶやいた。そして、浮かない顔の15歳コンビを見て。
「とにかく、任務終了だから、2人ともちょっと休むといい」
アリエンは、たしかにひどく疲れていたので、休むために出て行こうとした。ヤンも天幕を出た。
そして、丘を登ってきたらしい、一台の馬車に気がついたのだった。
馬車は小型で、一見質素であった。ただ、よく見れば何もかもが丁寧なつくりで、岩の多い道を登っていたのに、上から見える限りほとんど揺れもない。白い小型の馬を操る御者台の奥には、寒そうにウールのマントを体に巻いた貴婦人が一人、座っていた。
「司令官代理のトゥルカス殿に取り次いでください、ピドナ王宮よりの使者で、グレシアと申せばわかるはずです」
てきぱきと、若い貴婦人は言った。警備兵は敬礼してからトゥルカスを呼びに行った。
その後姿を見ながら、貴婦人は馬車を降りた。そして、御者から大切そうに大きな包みを受け取り、よろめきそうになりながら天幕のほうを振り返って、アリエンに気がついた。
「アリエン様、お元気そうで何よりですわ」
「あなたも、グレシア」
アリエンは、メッサーナ女王の直属の侍女に微笑みかけた。
「重そうだけど、どうしたの?」
「この包みは、陛下より、急ぎトゥルカス殿へお届けせよとの仰せなのです」
楽しい秘密を打ち明けるようにグレシアは目をキラキラさせてアリエンに言った。
「じゃ、案内しましょう、こちらへ」
「おそれいります」
「それで、何が入っているの?」
「角笛ですの。巨大な、竜の角でつくられた、伝説の宝物――」
グレシアが誇らしげに説明するのを、ヤンは目を丸くして聞いた。
「角笛といえばたしか」
アリエンも通路をつくってやりながら、思わず声が大きくなる。
「ええ、これがパウルスの角笛ですわ」
警備の兵が持ちましょうといっても、グレシアは頑として持たせなかった。
この来訪に驚かなかったのはマイペースのトゥルカスだけだ。
「ここはいつ戦闘が始まるか知れないのに、なんでそんな馬車一台で来たんだ?」
グレシアは平然とトゥルカスを見上げる。
「馬車一台でも今ならば危険はないと陛下にうかがいました以上は」
トゥルカスは、はあん、と気のない返事とともに頭をぼりぼりと掻いた。
「さあ、角笛をお受け取りなさい」
トゥルカスは、角笛というには途方もなく長く、ごつごつした古い竜の角を片手で受け取った。そうして、吹くまねをしてから、グレシアに困ったように言う。
「こんなの、どうすればいいのかわからない」
「角笛なのですから、吹けばいいに決まっています」
「ここで?――」
「いいから、吹けるかどうか見届けよと、陛下の仰せです」
はあそうですか、とトゥルカスは肩をすくめ、それから角笛を持ち替えて、思い切り吹いた。
ブオオオオン。
アリエンとヤンはものすごい音に飛び上がりそうだった。グレシアだけは平気な顔で、
「そんなものではないでしょう? ちゃんと気合を入れてください」という。
トゥルカスは今度は素直に、すはあっと息を吸い込んでから目一杯吹いた。
ブオオオオオオーーーーン!!!!
本陣の設備一式が音の振動で浮き上がりかけた。アリエンとヤンは鼓膜が破れるかと耳を必死にふさぐ。この音は、ファルスの陣営をはるかに越えて、ピドナあたりまで聞こえているのではあるまいか。
けれど、シャボン玉でも吹いたかのように、少し得意そうにトゥルカスが角笛を下ろすと、グレシアは一瞬だけ目を細めた。
「はじめてにしてはよい音だと思うわ。陛下にこのままを報告します。練習をなさって、もっと本来の音が出せるように。では」
「ん。では」と、トゥルカスも当然のように右手を上げて見送る。
ヤンとアリエンは顔を見合わせた。
では? この轟音に混乱を生じたに違いない大軍に対し、説明は必要だろうに。
グレシアは満足そうに会釈してから、優雅な足取りで外へ出た。
アリエンとヤンもそのあとをついていった。
ファルスの丘は、そろそろ夕暮れになりかけていた。訓練中の兵士の盾をうつ音と、槍の練習の騎馬兵が疾走する蹄の音が響いている。そしてそれ以外は、鳥の声も消えて静まり返っていた。そして、グレシアの馬車が帰り、交代で戻る兵士たちの誰に聞いても角笛の音など知らないという。
不思議なことに、あれだけの地響きをともなうような大きな音を、ファルスの丘にいた兵士は誰一人として聞いていなかった。アリエンがトゥルカスに聞いてみても、「グレシアは心得ているだろうが、オレじゃあ説明できない」と言ったきり、なにやら愉快そうな顔で大きく背伸びをしてみせた。
「それで、トゥルカス、天文台の資料を読めるの?」アリエンは真顔で尋ねる。
「最初のほうはわかりやすいがな」分厚い資料だった。大柄の若い騎士は、その終わりのほうをめくり、複雑な数式を見て困ったように首をかしげた。「オレがほしい解説は一言、いつ、どんな天変地異がおきるかだ。これを見てもわからない」
ジョカルはまだ戻らない。リブロフからの帰還の知らせも来ていない。
陣営は、暇をもてあます兵士で溢れていた。よい天気で、気温だけは低い。
木枯らしになりそうだ、とトゥルカスはつぶやいた。そして、浮かない顔の15歳コンビを見て。
「とにかく、任務終了だから、2人ともちょっと休むといい」
アリエンは、たしかにひどく疲れていたので、休むために出て行こうとした。ヤンも天幕を出た。
そして、丘を登ってきたらしい、一台の馬車に気がついたのだった。
馬車は小型で、一見質素であった。ただ、よく見れば何もかもが丁寧なつくりで、岩の多い道を登っていたのに、上から見える限りほとんど揺れもない。白い小型の馬を操る御者台の奥には、寒そうにウールのマントを体に巻いた貴婦人が一人、座っていた。
「司令官代理のトゥルカス殿に取り次いでください、ピドナ王宮よりの使者で、グレシアと申せばわかるはずです」
てきぱきと、若い貴婦人は言った。警備兵は敬礼してからトゥルカスを呼びに行った。
その後姿を見ながら、貴婦人は馬車を降りた。そして、御者から大切そうに大きな包みを受け取り、よろめきそうになりながら天幕のほうを振り返って、アリエンに気がついた。
「アリエン様、お元気そうで何よりですわ」
「あなたも、グレシア」
アリエンは、メッサーナ女王の直属の侍女に微笑みかけた。
「重そうだけど、どうしたの?」
「この包みは、陛下より、急ぎトゥルカス殿へお届けせよとの仰せなのです」
楽しい秘密を打ち明けるようにグレシアは目をキラキラさせてアリエンに言った。
「じゃ、案内しましょう、こちらへ」
「おそれいります」
「それで、何が入っているの?」
「角笛ですの。巨大な、竜の角でつくられた、伝説の宝物――」
グレシアが誇らしげに説明するのを、ヤンは目を丸くして聞いた。
「角笛といえばたしか」
アリエンも通路をつくってやりながら、思わず声が大きくなる。
「ええ、これがパウルスの角笛ですわ」
警備の兵が持ちましょうといっても、グレシアは頑として持たせなかった。
この来訪に驚かなかったのはマイペースのトゥルカスだけだ。
「ここはいつ戦闘が始まるか知れないのに、なんでそんな馬車一台で来たんだ?」
グレシアは平然とトゥルカスを見上げる。
「馬車一台でも今ならば危険はないと陛下にうかがいました以上は」
トゥルカスは、はあん、と気のない返事とともに頭をぼりぼりと掻いた。
「さあ、角笛をお受け取りなさい」
トゥルカスは、角笛というには途方もなく長く、ごつごつした古い竜の角を片手で受け取った。そうして、吹くまねをしてから、グレシアに困ったように言う。
「こんなの、どうすればいいのかわからない」
「角笛なのですから、吹けばいいに決まっています」
「ここで?――」
「いいから、吹けるかどうか見届けよと、陛下の仰せです」
はあそうですか、とトゥルカスは肩をすくめ、それから角笛を持ち替えて、思い切り吹いた。
ブオオオオン。
アリエンとヤンはものすごい音に飛び上がりそうだった。グレシアだけは平気な顔で、
「そんなものではないでしょう? ちゃんと気合を入れてください」という。
トゥルカスは今度は素直に、すはあっと息を吸い込んでから目一杯吹いた。
ブオオオオオオーーーーン!!!!
本陣の設備一式が音の振動で浮き上がりかけた。アリエンとヤンは鼓膜が破れるかと耳を必死にふさぐ。この音は、ファルスの陣営をはるかに越えて、ピドナあたりまで聞こえているのではあるまいか。
けれど、シャボン玉でも吹いたかのように、少し得意そうにトゥルカスが角笛を下ろすと、グレシアは一瞬だけ目を細めた。
「はじめてにしてはよい音だと思うわ。陛下にこのままを報告します。練習をなさって、もっと本来の音が出せるように。では」
「ん。では」と、トゥルカスも当然のように右手を上げて見送る。
ヤンとアリエンは顔を見合わせた。
では? この轟音に混乱を生じたに違いない大軍に対し、説明は必要だろうに。
グレシアは満足そうに会釈してから、優雅な足取りで外へ出た。
アリエンとヤンもそのあとをついていった。
ファルスの丘は、そろそろ夕暮れになりかけていた。訓練中の兵士の盾をうつ音と、槍の練習の騎馬兵が疾走する蹄の音が響いている。そしてそれ以外は、鳥の声も消えて静まり返っていた。そして、グレシアの馬車が帰り、交代で戻る兵士たちの誰に聞いても角笛の音など知らないという。
不思議なことに、あれだけの地響きをともなうような大きな音を、ファルスの丘にいた兵士は誰一人として聞いていなかった。アリエンがトゥルカスに聞いてみても、「グレシアは心得ているだろうが、オレじゃあ説明できない」と言ったきり、なにやら愉快そうな顔で大きく背伸びをしてみせた。
PR
Comment