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晴天で順風、ファルコ一味を乗せたB.B.号は、最初の寄港地ミュルスをめざして快走していた。
悪霊
サヴァは、占いのことが気がかりだったが、コッティが、あれは正式なカードじゃなかったんだから、といって元気付けた。今のところ、ジャーヴィことジャーヴィスにも、この船の誰にも、心配なことは降りかかりそうにもない。
のどかな朝だった。フローレンスが砂時計を返して、眠そうに三点鐘を打ったころ、後部から出てきたファルコはしばらく海面を見つめていた。足場綱の点検を終えたマリノは、相棒の顔がいつになく暗いのに気づいたが、彼が声をかけるより早く、ファルコが言った。
「海面がいやな感じじゃないか、マリノ」
「え?少しも悪くねえと思うが、オレは?」
ファルコはいつも見せる照れたような微笑を返した。
「説明がつかないんだよ、オレも。だが、覚えがある。こないだの、ピドナ行きのときもさんざんだったが、それとは違う……そのときは」
目にさっと光がさした。「思い出した。マリノ!」
「うぃ、船長!」
「大急ぎで南東風をつかまえろ、嵐が来る前にこの海域から逃げ出すんだ」
それでマリノは大急ぎでみんなのいる場所へ聞こえるように指示を怒鳴り、補助帆を上げ、フローレンスと言い合いしながら、重いワイン樽のひとつふたつを海に投じた。ファルコは船尾に立って、迫ってくる嫌な気配に立ち向かおうと自分を奮い立たせた。この嫌な気配は、あちこちの酒場で海賊くずれに聞かされた、海の悪霊と呼ばれるものとそっくりだった。
--「オレはもう海に出るのはごめんだ」と、スタンレーの道具屋は言った。「ツヴァイクの豪華な船がロアーヌへ行くっていうので護衛する、っていうおいしい仕事のはずだった。ところがクラーケンが出てきて暴れまくり、前触れもなく嵐、夜中の甲板で仲間と見えたものは化け物だ。船が沈むときにどうにか逃げ出し、漂流ひとつき。干からびて死ぬより前にみんな発狂した。航海士は自分で海に飛び込んだ。ああ、それが利口さ、オレも真似しようとしたらな、その海面に……!」
深海魚の大きな口が、まだ生きてもがく航海士を食べる有様を見たのだ。
いや、あれこそ悪霊だ、と彼はほとんど独り言のように言った。
「あれは、生き物とはとても思えない。口の奥がどろどろと渦巻いて、永遠に続くみたいに見えた。護衛すべき船を見捨てた罰だったんだ。オレがどうして助かったかって?それは、白いクジラがその角でポーンとはじきやがって、気がついたら浅瀬で海草にまみれていたよ」
この悪霊は、大昔から伝説になっていて、バンガードの亀を呪いで陸地に変えたのも、ピドナのブルーマリーンを潰したのも、実はこの悪霊ではないかと噂があった。しかもつい最近も出現している。出現しつづけている。
何か、凶悪なモンスターがいるには違いない。だが、その姿らしい姿を見ていない以上、戦い方を誰が知りえよう。その上、先の戦いで消えたテント社の敵船も何か得体が知れないままだ。
いつものファルコならば、ここで敵を迎え撃ったかも知れない、だが、今はサヴァとコッティを乗せているのだ。一度に二つの敵を相手にする戦いはリスクが大きすぎる。
「ファルコ」
ファルコはその声に我にかえった。サヴァが手すりにのっかってこちらを楽しそうに見ている。
「そんなところに座ってはダメだ、速度を上げたから、まもなく横揺れがくる」
「いつも来てるじゃない、ローリングくらい」と、サヴァはわざと用語を強調して言い返した。
「とにかく、危ないことはダメだ。いつか、ニクサーが小型船を襲うところに出くわしたことがある。そのときの海面には前兆があった。今もそれと同じだ」
ファルコは、理屈を通せばサヴァは理解できると知っていて、事実を言った。
「ニクサーくらい……?」
「出てきたモンスターの種類じゃなく、誰を襲ったかが問題なんだ。そのとき襲われたのは、メッサーナ女王の船だった。それも、ピドナの港から目と鼻の先でだ」
サヴァは、それは考えすぎ、と言い返しかけたが、ファルコの表情を見て、しつこく言うのをやめた。
「あの方ならアビスも標的にするかもね。つまり、……そういう意図のある襲撃だっていうのね。じゃあ、コッティと一緒にキャビンで大人しくしてるわ」
「いい子だ」
思わずいつもの口調でファルコは言い、ちょっとむっとしたサヴァの青い目で睨まれることになった。
だが、その判断が正しかったことを、ファルコは間もなく知ることになった。1時間もしないうちに、風が西よりに変わり、船足がガクンと落ちたのだ。フローレンスが器用に舵をとり、船が傾きながら、どうにか北へと走る。しかし、その風はすぐに突風になり、遠くから峰のように波が盛り上がってきた。海面はさきほどまでの深い美しい青が暗い色に変わっていた。だが、空だけは穏やかな晴れなのである。
「赤毛猿、何か見えるか?」
メインマストから返事が来た。「10メートル級の大波いっちょう。その向こうに--」
「マリノ、手伝えっ!」ジャーヴィスに降りるよう合図してから、ファルコは帆を降ろしにかかった。マリノは飛んできて、荒天帆に切り替えるべく、ロープを上げ下げした。そこへ、騒ぎを聞きつけてコッティとサヴァが甲板へ顔を出す。入ってろ、と言おうとして、ファルコは思わず凍りついた。
悪霊は、アビスが選んだと思えるような誰かを標的にしてきた。生まれつき特別に能力が高く世界を変えうる立場にある者、不可能なことを平然と乗り越え、敵を味方にしてしまう戦士、冒険者、術使い……彼らに運命を覆されては困る、そんな意思がアビスにはあるのではないか。そうして、今、悪霊が標的にしているのは、ひょっとしたら、伝説の剣を持つサヴァなのではないか。
そんな考えを振り切ろうと、ファルコは上を見る。それこそ考えすぎだ。身分を差し引けば、サヴァは冒険好きの、ちょっと特別な小娘に過ぎない。
ジャーヴィスはまだ望遠鏡を覗いている。
「すぐに大荒れだぞ」
「待て待てファルコ、向こうに見えるのは、テント社の船だ」
ファルコは唇を噛んだ。選んだように嵐の中で攻めてくるのは、こちらをよほど軽く見なしているのか。報告はまだ続いた。
「あのテント社の船、とりまきが増えてやがる。にの、しの、やれやれ、16隻ばかし見えるぞ。周囲の船にいるのが、あっちは海賊船。こっちも、商船くずれ、でもあの最後の、うじゃうじゃ乗ってる……あれは」
それだけ言って、ジャーヴィスは含み笑いをしつつ、スルスルとマストを下りて来た。「人間じゃなくて、カエル兵士みたいだったぜ」
すると数人は嫌そうに黙り込んだが、そこでサヴァが怒りを抑えた口調で言った。
「たしかに、モンスターを使うくらいだから、手強いには違いないでしょうね。だけど、ここで見逃せばあいつらは、船を駆使して世界中を荒らすわ。そんな敵を目の前にしているのならば、そして正義の船B.B.を住処とする者ならば--」そしてスラリと剣を抜くと、飛沫が散る風の中で、七星剣はたちまちダガーから剣にその姿を変え、ひときわ白く、気高く輝いた。コッティは目を丸くしたが、サヴァはその変化に動じず、一同を見回して言葉をついだ。「戦うべきよ!」
”戦え”--本来は荒くれ海賊である彼らはこの言葉を待ち構えていて、サヴァと同じタイミングで同じように叫んだ。そして船長の方を期待を込めたまなざしで見た。
ファルコは不安を押し殺し、今必要な士気のため、気迫とともに怒鳴った。
「ようし、野郎ども。長年の仇敵が目の前だ、やつらを嵐の海に残らず叩き込め!ファルコ・ロッシ一味の実力を見せてやれ!」
おおーっ!と、乗組員全員と、2人のじゃじゃ馬は威勢のいい声で応じた。
悪霊
サヴァは、占いのことが気がかりだったが、コッティが、あれは正式なカードじゃなかったんだから、といって元気付けた。今のところ、ジャーヴィことジャーヴィスにも、この船の誰にも、心配なことは降りかかりそうにもない。
のどかな朝だった。フローレンスが砂時計を返して、眠そうに三点鐘を打ったころ、後部から出てきたファルコはしばらく海面を見つめていた。足場綱の点検を終えたマリノは、相棒の顔がいつになく暗いのに気づいたが、彼が声をかけるより早く、ファルコが言った。
「海面がいやな感じじゃないか、マリノ」
「え?少しも悪くねえと思うが、オレは?」
ファルコはいつも見せる照れたような微笑を返した。
「説明がつかないんだよ、オレも。だが、覚えがある。こないだの、ピドナ行きのときもさんざんだったが、それとは違う……そのときは」
目にさっと光がさした。「思い出した。マリノ!」
「うぃ、船長!」
「大急ぎで南東風をつかまえろ、嵐が来る前にこの海域から逃げ出すんだ」
それでマリノは大急ぎでみんなのいる場所へ聞こえるように指示を怒鳴り、補助帆を上げ、フローレンスと言い合いしながら、重いワイン樽のひとつふたつを海に投じた。ファルコは船尾に立って、迫ってくる嫌な気配に立ち向かおうと自分を奮い立たせた。この嫌な気配は、あちこちの酒場で海賊くずれに聞かされた、海の悪霊と呼ばれるものとそっくりだった。
--「オレはもう海に出るのはごめんだ」と、スタンレーの道具屋は言った。「ツヴァイクの豪華な船がロアーヌへ行くっていうので護衛する、っていうおいしい仕事のはずだった。ところがクラーケンが出てきて暴れまくり、前触れもなく嵐、夜中の甲板で仲間と見えたものは化け物だ。船が沈むときにどうにか逃げ出し、漂流ひとつき。干からびて死ぬより前にみんな発狂した。航海士は自分で海に飛び込んだ。ああ、それが利口さ、オレも真似しようとしたらな、その海面に……!」
深海魚の大きな口が、まだ生きてもがく航海士を食べる有様を見たのだ。
いや、あれこそ悪霊だ、と彼はほとんど独り言のように言った。
「あれは、生き物とはとても思えない。口の奥がどろどろと渦巻いて、永遠に続くみたいに見えた。護衛すべき船を見捨てた罰だったんだ。オレがどうして助かったかって?それは、白いクジラがその角でポーンとはじきやがって、気がついたら浅瀬で海草にまみれていたよ」
この悪霊は、大昔から伝説になっていて、バンガードの亀を呪いで陸地に変えたのも、ピドナのブルーマリーンを潰したのも、実はこの悪霊ではないかと噂があった。しかもつい最近も出現している。出現しつづけている。
何か、凶悪なモンスターがいるには違いない。だが、その姿らしい姿を見ていない以上、戦い方を誰が知りえよう。その上、先の戦いで消えたテント社の敵船も何か得体が知れないままだ。
いつものファルコならば、ここで敵を迎え撃ったかも知れない、だが、今はサヴァとコッティを乗せているのだ。一度に二つの敵を相手にする戦いはリスクが大きすぎる。
「ファルコ」
ファルコはその声に我にかえった。サヴァが手すりにのっかってこちらを楽しそうに見ている。
「そんなところに座ってはダメだ、速度を上げたから、まもなく横揺れがくる」
「いつも来てるじゃない、ローリングくらい」と、サヴァはわざと用語を強調して言い返した。
「とにかく、危ないことはダメだ。いつか、ニクサーが小型船を襲うところに出くわしたことがある。そのときの海面には前兆があった。今もそれと同じだ」
ファルコは、理屈を通せばサヴァは理解できると知っていて、事実を言った。
「ニクサーくらい……?」
「出てきたモンスターの種類じゃなく、誰を襲ったかが問題なんだ。そのとき襲われたのは、メッサーナ女王の船だった。それも、ピドナの港から目と鼻の先でだ」
サヴァは、それは考えすぎ、と言い返しかけたが、ファルコの表情を見て、しつこく言うのをやめた。
「あの方ならアビスも標的にするかもね。つまり、……そういう意図のある襲撃だっていうのね。じゃあ、コッティと一緒にキャビンで大人しくしてるわ」
「いい子だ」
思わずいつもの口調でファルコは言い、ちょっとむっとしたサヴァの青い目で睨まれることになった。
だが、その判断が正しかったことを、ファルコは間もなく知ることになった。1時間もしないうちに、風が西よりに変わり、船足がガクンと落ちたのだ。フローレンスが器用に舵をとり、船が傾きながら、どうにか北へと走る。しかし、その風はすぐに突風になり、遠くから峰のように波が盛り上がってきた。海面はさきほどまでの深い美しい青が暗い色に変わっていた。だが、空だけは穏やかな晴れなのである。
「赤毛猿、何か見えるか?」
メインマストから返事が来た。「10メートル級の大波いっちょう。その向こうに--」
「マリノ、手伝えっ!」ジャーヴィスに降りるよう合図してから、ファルコは帆を降ろしにかかった。マリノは飛んできて、荒天帆に切り替えるべく、ロープを上げ下げした。そこへ、騒ぎを聞きつけてコッティとサヴァが甲板へ顔を出す。入ってろ、と言おうとして、ファルコは思わず凍りついた。
悪霊は、アビスが選んだと思えるような誰かを標的にしてきた。生まれつき特別に能力が高く世界を変えうる立場にある者、不可能なことを平然と乗り越え、敵を味方にしてしまう戦士、冒険者、術使い……彼らに運命を覆されては困る、そんな意思がアビスにはあるのではないか。そうして、今、悪霊が標的にしているのは、ひょっとしたら、伝説の剣を持つサヴァなのではないか。
そんな考えを振り切ろうと、ファルコは上を見る。それこそ考えすぎだ。身分を差し引けば、サヴァは冒険好きの、ちょっと特別な小娘に過ぎない。
ジャーヴィスはまだ望遠鏡を覗いている。
「すぐに大荒れだぞ」
「待て待てファルコ、向こうに見えるのは、テント社の船だ」
ファルコは唇を噛んだ。選んだように嵐の中で攻めてくるのは、こちらをよほど軽く見なしているのか。報告はまだ続いた。
「あのテント社の船、とりまきが増えてやがる。にの、しの、やれやれ、16隻ばかし見えるぞ。周囲の船にいるのが、あっちは海賊船。こっちも、商船くずれ、でもあの最後の、うじゃうじゃ乗ってる……あれは」
それだけ言って、ジャーヴィスは含み笑いをしつつ、スルスルとマストを下りて来た。「人間じゃなくて、カエル兵士みたいだったぜ」
すると数人は嫌そうに黙り込んだが、そこでサヴァが怒りを抑えた口調で言った。
「たしかに、モンスターを使うくらいだから、手強いには違いないでしょうね。だけど、ここで見逃せばあいつらは、船を駆使して世界中を荒らすわ。そんな敵を目の前にしているのならば、そして正義の船B.B.を住処とする者ならば--」そしてスラリと剣を抜くと、飛沫が散る風の中で、七星剣はたちまちダガーから剣にその姿を変え、ひときわ白く、気高く輝いた。コッティは目を丸くしたが、サヴァはその変化に動じず、一同を見回して言葉をついだ。「戦うべきよ!」
”戦え”--本来は荒くれ海賊である彼らはこの言葉を待ち構えていて、サヴァと同じタイミングで同じように叫んだ。そして船長の方を期待を込めたまなざしで見た。
ファルコは不安を押し殺し、今必要な士気のため、気迫とともに怒鳴った。
「ようし、野郎ども。長年の仇敵が目の前だ、やつらを嵐の海に残らず叩き込め!ファルコ・ロッシ一味の実力を見せてやれ!」
おおーっ!と、乗組員全員と、2人のじゃじゃ馬は威勢のいい声で応じた。
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