×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
オリバーは目の前に現れた弓を手に取り、すばやく構えた。鉄鎧の騎士は大剣を振り上げて、突進してくる。
どこを狙えばいい?あの鎧は硬そうだ。
瞬時にオリバーは自問した。そして、
「ピエール、右脇を撃つぞ」
弓は返事をする代わりにきらっと光って見せた。
ビュンッ☆
騎士ブローは、右手を振り上げていたので、鎧の継ぎ目が正面に見えていた。オリバーの放った矢は、狂いなくそこを捉えた。騎士はスピードを緩めず突進したが、鎖帷子を切り裂いて矢が突き刺さったので、バランスをくずしてのめりかけた。
オリバーは次の矢を放つ。同じところに傷が増えた。騎士は、アウとかオウとかうめきはするが、言葉を発することはなく、また、傷を負っても恐れることがなかった。まるで痛みを知らないかのようにただ突進してくるのだ。
オリバーの矢はどれも命中したが、退却しない騎士はもう間近に迫っていた。これを見ていた義勇兵のモスが、テリーの剣を借りて立ちふさがった。
「接近戦ならオレが」
「並みの騎士じゃない、気をつけろ」テリーが痛みに耐えながら言った。
そう。並みの騎士じゃない。
オリバーは集中して考えた。
矢は命中したし、効いてもいる。次は、機動力を封じる!
「モス、車輪を崩してしまえ、所詮、ヤツは粘土のガラクタだ!」
オリバーの強気の指示にモスはがぜんやる気を出して飛び掛った。一方で少年ブローは、オリバーの言葉にかっときて叫んだ。
「騎士ブローをそんな風に言うことは許さない。みんな死んでしまえ!」
途端に、周囲の壁が暗くなった。そこは銀行だったはずが、塗り換わるようにどこかの民家のような壁になり、それもまた消えて、今度は洞窟の中のような岩場に取り囲まれた。
オリバーとモスたちはびっくりして周囲を見回す。そこでリアルなうめき声が聞こえてくる。1人や2人ではなかった。明かりはロウソクがあちこちにかけてあるだけ。清潔とはいえない洗面器がちらばり、折り重なって動かない人々の影が伸びていた。
「見たか。こうやってみんな死んでいくんだ!うめいて、この世界を恨みながら、絶望して!」
少年は叫んだ。彼の手には何かが握られている。「騎士ブロー、この槍をとれ、あいつを倒せ!」
オリバーは、標的にされたモスを振り返った。そこは床だけは銀行のままだ。
突進する騎士の槍を、モスは正確に受け止めた。正面から、子供の剣の練習のようにただ打って来る。もちろんその破壊力は子供の比ではない。モスは受け止めるだけで、反撃はできなかった。
だが足を止めろという助言を、彼は忘れていなかった。スキを見て身を低くしたモスは、破壊されたドアをつかむと、床を力いっぱい滑らせて車輪に激突させたのである。
ガチャッ!
車輪もまた粘土のもろさだった。
「うまいぞ、よくやった!」テリーが言った。
すると妹のシシーが目を蛍光色に光らせた。「お兄ちゃんをいじめるの?ちょっと遊んでほしいだけなのに、どうしていじめるの?苦労して作った騎士を壊したりして!」
メキッと音がしたと思えば、洞窟の柱が倒れ掛かってきた。オリバーはとびのき、モスはすんでのところで落ちてきた大岩につぶされるところだった。つぶれたのは剣のほうだ。もう使い物にならない。オリバーは騎士を狙って矢をつがえ、気がついた。
騎士を相手にしても仕方がないのである。といって、幼い子供2人とは戦いにくかった。
「ピエール、あの兄妹を救う手立てはないのかい」
と、オリバーは弓に向かって言った。今度は返事がかえってきた。
「あの子供の頭上を狙え。この件の黒幕が見えるかも知れない」
オリバーは何のことか分からなかったが、すぐに言われたとおりにした。
少年ブローの頭上には何か物体が浮遊していたらしい。そこに矢が命中し、バキバキと音を立てて亀裂が生じ、それから砕け散った。
周囲の様子はまたも一変した。
うめき声はおさまり、岩壁を清水が伝って落ちる水滴の音が響いている。
少年ブローは泣きながら懇願していた。
「シシーの熱が下がらないの。パパとママももういないし、先生、助けて。魔術でも何でもいいからお願い」
先生と言われた男はフードをかぶっていたが、長い髪が灰色がかっているのが見えた。
「魔術でもなおすことは無理だ、ブロー。感染してから時間がたちすぎているんだ、私が来るのも手遅れだったな」
そう答える声には同情のかけらもない。ブローは泣きじゃくった。
「かんせんって、どうしてそうなったの? 僕もシシーみたいになる?」
「どれ、首をみせてごらん?」
少年は素直に首を見せた。
「これは、もうとうにうつっていたんだね。気の毒に、村は全滅だね」
「どうして?誰のせい?」
あまりに冷淡な男の言葉に、少年の悲しみは憎しみに変化した。
「義勇軍が、薬を届けて病人を助ける手はずだったと思うがね。しかしこれだけの恐ろしい伝染病だ、きっと怖くなって、村ごと見捨てることにしたのだろうよ」
「まさか」少年はふるえながらつぶやいた。
男はこともなげに続けた。「土砂崩れがあると言ったろう、それが口実さ。義勇軍はゲートを閉めるために集められたのであって、村ひとつを救うのに命はかけられないということだ。その村も、鉱山でもあるなら別だ、ここには、何もない。豆やホウレンソウがとれるくらいの村だ」
「僕も、死ぬんだね、先生?」少年は、急にぐったりして横になりながら言った。「先生は?」
「私は術で何にも感染しないようにできる。それで、もう何百年も生きているのだよ。しかし大抵の人間は、こうやって死んでいくんだ。うめいて、この世界を恨みながら、絶望して。絶望した先には闇しかないんだよ。それが死だ」
シシーは、もう虫の息だった。ブローは妹の手を握り、かろうじて身を起こして言った。
「前にここへ来た聖王教徒のひとは、人は死んでも星になるか、生まれ変わるかするといってた。僕は、生まれ変わってもこの苦しみを忘れたくない。星になるなんてもっといやだ」
男の黄緑色の目が、フードの下で不気味に輝いた。
「じゃあ、復讐でもするか、ブロー、君らを見捨てたこの世界に? 私が力を貸そう」
妹の手が冷たくなるのを感じながら、少年は厳しい目つきでこっくりとうなずいた。
「ありがとう、ドクター・モレスコ……」
「モレスコ!?」オリバーは叫んだ。するとその場面はさっと掻き消え、また別の場面が現れた。これが事実なら、井戸に感染源を入れたのは、いかにも助ける様子だった魔術師モレスコだ!
モレスコにとって、村ひとつくらいは安い実験台だった。誰かを死の淵に引きずり込んでおいて堕落させる。オリオールのデータはそれを実証していた。そしてこの魔術師は、実験材料に、信じやすく意思の強いブローを選んだ。
オリバーが憤りのために出てきた涙を乱暴にこすったとき、このヴィジョンは消え、やがてもとの銀行に戻った。
ごろん、と音がして、小さな、粘土細工の騎士が転がった。
少年ブローはきょとんとオリバーを見ていたが、突然、シシーが嘔吐しはじめた。ブローはあわてて妹を抱える。
「シシー?」
「お兄ちゃん、なくなっていくよ!」
兄妹は泣いていた。
オリバーは近づこうとしたが、モスが彼の肩をつかみ、黙って首を振った。
モレスコの術による呪いは解けたが、それは同時に2人の体が消滅することを意味している。下手に触れれば巻き込まれる危険がある。
「誰か、この子供たちを助けて」
オリバーは思わず口に出して祈った。だが、かれらはすでに生きている人間とは違ったのである。2人は抱き合ってオリバーのほうを見ていた。手が消え、足が消え、声を発することもできない。それでももう恨んだ目ではなくなって、子供2人は空気の中に消えた。
テリーを2人で支えて、オリバーとモスは銀行を出た。周囲は道がガタガタに破損していたが、取り囲んでどう救出するか困っていた人々は、出てきた彼らを見てわっと寄ってきた。特に、自分たちだけ外に放り出された銀行の係員たちは死ぬほど心配していた。
「無事だ、中にいた客の3人はこの通りだ」
そう言ったオリバーは、リブロフでテリーの手当てと、トゥオル村の調査を頼んでいくことにした。モスはすぐにでも行くと言うだろう。
「これで、助けたことになるのかい、ピエール?」
オリバーは銀行が元にもどったのをぼんやりと眺めながら、ちゃっかりと模型になっている竜に小声で言った。
「どうかな。でも少なくとも、もっといい所へはところへは行けたと思うぜ」
「……そう願うよ」
オリバーはつぶやきながら、唇をかんだ。
モレスコはまだどこかにいる。
必ず、倒すべき敵のひとりとして。
どこを狙えばいい?あの鎧は硬そうだ。
瞬時にオリバーは自問した。そして、
「ピエール、右脇を撃つぞ」
弓は返事をする代わりにきらっと光って見せた。
ビュンッ☆
騎士ブローは、右手を振り上げていたので、鎧の継ぎ目が正面に見えていた。オリバーの放った矢は、狂いなくそこを捉えた。騎士はスピードを緩めず突進したが、鎖帷子を切り裂いて矢が突き刺さったので、バランスをくずしてのめりかけた。
オリバーは次の矢を放つ。同じところに傷が増えた。騎士は、アウとかオウとかうめきはするが、言葉を発することはなく、また、傷を負っても恐れることがなかった。まるで痛みを知らないかのようにただ突進してくるのだ。
オリバーの矢はどれも命中したが、退却しない騎士はもう間近に迫っていた。これを見ていた義勇兵のモスが、テリーの剣を借りて立ちふさがった。
「接近戦ならオレが」
「並みの騎士じゃない、気をつけろ」テリーが痛みに耐えながら言った。
そう。並みの騎士じゃない。
オリバーは集中して考えた。
矢は命中したし、効いてもいる。次は、機動力を封じる!
「モス、車輪を崩してしまえ、所詮、ヤツは粘土のガラクタだ!」
オリバーの強気の指示にモスはがぜんやる気を出して飛び掛った。一方で少年ブローは、オリバーの言葉にかっときて叫んだ。
「騎士ブローをそんな風に言うことは許さない。みんな死んでしまえ!」
途端に、周囲の壁が暗くなった。そこは銀行だったはずが、塗り換わるようにどこかの民家のような壁になり、それもまた消えて、今度は洞窟の中のような岩場に取り囲まれた。
オリバーとモスたちはびっくりして周囲を見回す。そこでリアルなうめき声が聞こえてくる。1人や2人ではなかった。明かりはロウソクがあちこちにかけてあるだけ。清潔とはいえない洗面器がちらばり、折り重なって動かない人々の影が伸びていた。
「見たか。こうやってみんな死んでいくんだ!うめいて、この世界を恨みながら、絶望して!」
少年は叫んだ。彼の手には何かが握られている。「騎士ブロー、この槍をとれ、あいつを倒せ!」
オリバーは、標的にされたモスを振り返った。そこは床だけは銀行のままだ。
突進する騎士の槍を、モスは正確に受け止めた。正面から、子供の剣の練習のようにただ打って来る。もちろんその破壊力は子供の比ではない。モスは受け止めるだけで、反撃はできなかった。
だが足を止めろという助言を、彼は忘れていなかった。スキを見て身を低くしたモスは、破壊されたドアをつかむと、床を力いっぱい滑らせて車輪に激突させたのである。
ガチャッ!
車輪もまた粘土のもろさだった。
「うまいぞ、よくやった!」テリーが言った。
すると妹のシシーが目を蛍光色に光らせた。「お兄ちゃんをいじめるの?ちょっと遊んでほしいだけなのに、どうしていじめるの?苦労して作った騎士を壊したりして!」
メキッと音がしたと思えば、洞窟の柱が倒れ掛かってきた。オリバーはとびのき、モスはすんでのところで落ちてきた大岩につぶされるところだった。つぶれたのは剣のほうだ。もう使い物にならない。オリバーは騎士を狙って矢をつがえ、気がついた。
騎士を相手にしても仕方がないのである。といって、幼い子供2人とは戦いにくかった。
「ピエール、あの兄妹を救う手立てはないのかい」
と、オリバーは弓に向かって言った。今度は返事がかえってきた。
「あの子供の頭上を狙え。この件の黒幕が見えるかも知れない」
オリバーは何のことか分からなかったが、すぐに言われたとおりにした。
少年ブローの頭上には何か物体が浮遊していたらしい。そこに矢が命中し、バキバキと音を立てて亀裂が生じ、それから砕け散った。
周囲の様子はまたも一変した。
うめき声はおさまり、岩壁を清水が伝って落ちる水滴の音が響いている。
少年ブローは泣きながら懇願していた。
「シシーの熱が下がらないの。パパとママももういないし、先生、助けて。魔術でも何でもいいからお願い」
先生と言われた男はフードをかぶっていたが、長い髪が灰色がかっているのが見えた。
「魔術でもなおすことは無理だ、ブロー。感染してから時間がたちすぎているんだ、私が来るのも手遅れだったな」
そう答える声には同情のかけらもない。ブローは泣きじゃくった。
「かんせんって、どうしてそうなったの? 僕もシシーみたいになる?」
「どれ、首をみせてごらん?」
少年は素直に首を見せた。
「これは、もうとうにうつっていたんだね。気の毒に、村は全滅だね」
「どうして?誰のせい?」
あまりに冷淡な男の言葉に、少年の悲しみは憎しみに変化した。
「義勇軍が、薬を届けて病人を助ける手はずだったと思うがね。しかしこれだけの恐ろしい伝染病だ、きっと怖くなって、村ごと見捨てることにしたのだろうよ」
「まさか」少年はふるえながらつぶやいた。
男はこともなげに続けた。「土砂崩れがあると言ったろう、それが口実さ。義勇軍はゲートを閉めるために集められたのであって、村ひとつを救うのに命はかけられないということだ。その村も、鉱山でもあるなら別だ、ここには、何もない。豆やホウレンソウがとれるくらいの村だ」
「僕も、死ぬんだね、先生?」少年は、急にぐったりして横になりながら言った。「先生は?」
「私は術で何にも感染しないようにできる。それで、もう何百年も生きているのだよ。しかし大抵の人間は、こうやって死んでいくんだ。うめいて、この世界を恨みながら、絶望して。絶望した先には闇しかないんだよ。それが死だ」
シシーは、もう虫の息だった。ブローは妹の手を握り、かろうじて身を起こして言った。
「前にここへ来た聖王教徒のひとは、人は死んでも星になるか、生まれ変わるかするといってた。僕は、生まれ変わってもこの苦しみを忘れたくない。星になるなんてもっといやだ」
男の黄緑色の目が、フードの下で不気味に輝いた。
「じゃあ、復讐でもするか、ブロー、君らを見捨てたこの世界に? 私が力を貸そう」
妹の手が冷たくなるのを感じながら、少年は厳しい目つきでこっくりとうなずいた。
「ありがとう、ドクター・モレスコ……」
「モレスコ!?」オリバーは叫んだ。するとその場面はさっと掻き消え、また別の場面が現れた。これが事実なら、井戸に感染源を入れたのは、いかにも助ける様子だった魔術師モレスコだ!
モレスコにとって、村ひとつくらいは安い実験台だった。誰かを死の淵に引きずり込んでおいて堕落させる。オリオールのデータはそれを実証していた。そしてこの魔術師は、実験材料に、信じやすく意思の強いブローを選んだ。
オリバーが憤りのために出てきた涙を乱暴にこすったとき、このヴィジョンは消え、やがてもとの銀行に戻った。
ごろん、と音がして、小さな、粘土細工の騎士が転がった。
少年ブローはきょとんとオリバーを見ていたが、突然、シシーが嘔吐しはじめた。ブローはあわてて妹を抱える。
「シシー?」
「お兄ちゃん、なくなっていくよ!」
兄妹は泣いていた。
オリバーは近づこうとしたが、モスが彼の肩をつかみ、黙って首を振った。
モレスコの術による呪いは解けたが、それは同時に2人の体が消滅することを意味している。下手に触れれば巻き込まれる危険がある。
「誰か、この子供たちを助けて」
オリバーは思わず口に出して祈った。だが、かれらはすでに生きている人間とは違ったのである。2人は抱き合ってオリバーのほうを見ていた。手が消え、足が消え、声を発することもできない。それでももう恨んだ目ではなくなって、子供2人は空気の中に消えた。
テリーを2人で支えて、オリバーとモスは銀行を出た。周囲は道がガタガタに破損していたが、取り囲んでどう救出するか困っていた人々は、出てきた彼らを見てわっと寄ってきた。特に、自分たちだけ外に放り出された銀行の係員たちは死ぬほど心配していた。
「無事だ、中にいた客の3人はこの通りだ」
そう言ったオリバーは、リブロフでテリーの手当てと、トゥオル村の調査を頼んでいくことにした。モスはすぐにでも行くと言うだろう。
「これで、助けたことになるのかい、ピエール?」
オリバーは銀行が元にもどったのをぼんやりと眺めながら、ちゃっかりと模型になっている竜に小声で言った。
「どうかな。でも少なくとも、もっといい所へはところへは行けたと思うぜ」
「……そう願うよ」
オリバーはつぶやきながら、唇をかんだ。
モレスコはまだどこかにいる。
必ず、倒すべき敵のひとりとして。
PR
Comment