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ロアーヌ庭園の一角に、ハスが咲く池がある。庭園にはほかに2つの池があるのだが、ここが一番奥まっていて、規模が小さく、他の池にいる白鳥もここには余り寄らないらしい。おかげで、ここには東方趣味の趣が漂い、西の諸国では珍しい種類のカエルが平和に暮らしていた。
ゴドウィンの乱が片付いた直後、城下でユリアンたちを見送ったカタリナは、夜も更けて王宮に戻る途中に、ひとりの侍女とともにこの一角にさしかかった。この侍女ジェシカは、モニカの替え玉で活躍したあの娘である。
「にぎやかな人たちでしたわね、これでロアーヌもまたひっそりとなりますわ」と、ジェシカが言った。
「一緒になってはしゃいでいたのはどこの誰かしら? とにかく、もう遅いから静かに戻りましょう」と、カタリナは面倒くさそうにいう。
「あの、わたくし」と、ジェシカはかしこまって、カタリナの気を引くようにちょっと声を高めた。「あの冒険がありましたので、有給休暇をいただくことにしました。ご挨拶が今頃になって申し訳なく……」
「あら」
カタリナはそこで池のふちに立ち止まり、彼女の方を向いた。
「何日くらい、お休みするの?」
「はあ、2日ですが」
ほのかな外灯の明りに、アメジストの瞳がちょっとだけ驚いたようだった。
「それは、残念ね。あの冒険は私の指図だったのだから、しばらくうちの館で休んでもらえればと思っていたの。でもうちの領地までは急いでも馬車で丸一日。休暇が2日では無理な日程だわ」
「それは、残念です……」
ジェシカはわざとらしいくらいにうなだれた。それを言うならもっと早く、この災難だった侍女のためにカタリナ本人が休暇を組んで、招待してくれればいいではないか。まったく、この人は人をこき使うけれど感謝ということが乏しい。
と、下を向いていたジェシカの目の前に、不意に手紙が落ちてきた。二人はあやしんで凍りついたが、結局カタリナがこれを拾って、明りの近くまで移動し、大して確かめもせず開封する。
「ミカエル様からでは?」と、ジェシカは期待を込めて聞いた。
「違います」と、カタリナは真面目くさって答え、そのまま声に出して読み始める。
(「要するに、便箋は見慣れてると言いたい?」と、ジェシカは薄目を開けてカタリナを盗み見た。)
「大至急、カタリナ様にお願いがございます。ゆえあって身分は明かせませぬが、ロアーヌの繁栄と平和を願う者とだけ申しましょう。時刻は夜中の12時、ロアーヌ庭園ハス池前にて、ひそかにご相談したく。仮面を着用しますが怪しまれませぬよう」
ジェシカは迷惑そうに眉をひそめた。
「そろそろその時刻じゃないかと思いますけど?」
その言葉を待ち構えていたかのように、一人の大柄な貴婦人が姿を現した。黒いドレスに扇子に、ヴェールに、と、仮面がいらないくらいに顔を隠すだけ隠しているが、動きがぎこちない。
「あなたが、カタリナ・ラウラン嬢でしたわね?」
声が結構低い。
カタリナはごく普通に応対した。「ええ。そしてこちらが侍女のジェシカですわ」
ジェシカは一層面倒くさい。しかし貴族の侍女であるから、とりあえず優雅に会釈してみせた。
「ごきげんよう。あのう、カタリナ、私の身分は、予想がついていらっしゃる?」
「はい、その扇子の紋章が何よりの目印ですわ。アウスバッハ家の、つまりモニカ様の父方の伯母君でいらっしゃるのでしょう」
「その通り。じゃあ信用してもらえるわね。この手紙をごらんになってほしいのよ」
と、手渡したのはアウスバッハの紋章入りの手紙だ。
「失礼して、拝読いたします」と、カタリナはこれを広げて読んだ。
「前略。こないだ貰ったいちごジャムですけれど、酸っぱくてまずそうなパッケージなので、男爵にあげることにしました。きかれても黙っててくださいね。じゃあまた。M」
カタリナは顔をあげてためいきをついた。貴婦人はその顔を覗き込んで、鋭く言う。
「Mとあります。モニカ姫のイニシャルですわ。気に入らない頂き物を男爵に回す、とっても失礼な行為の動かぬ証拠でしょう。悪いことはいいません、こんな姫の侍女なんて辞めて、実家へお帰りなさい。さしあたっては、私の立会いのもと、マスカレイドの保管金庫で引継ぎなさってからね」
「お断りいたします」と、カタリナは言い返した。
「なんですって」
「まず、手紙が偽だからですわ。ねえ、ジェシカ?」
ジェシカはいきなり自分にふられて固まったが、そこはカタリナにつかえて5年のベテラン、ハッタリには自信がある。涼しい顔でこう言った。
「内容は、いかにもやりそうなイタズラですけれど、言葉遣いが違います。モニカ様は『こないだ』とも『じゃあまた』とも書きません」
カタリナはこれに付け加えた。「ところがその筆跡には見覚えもありますわ、アウスバッハ伯母君。いえ」と、剣をサラリと抜いて冷たく言った。
「悪筆で有名なゴドウィン男爵。女装がこんな夜でもバレバレって情けないわね。大体、靴のサイズがこんなに大きいのでは目立ちすぎよ。しかも、アウスバッハの縁者が馬車にも乗らず、靴を泥だらけにして庭を歩いてくるとでも? さて、マスカレイドの保管金庫に案内させようとしても無駄です。つかまらないうちに、とっとと逃げたらいかが?」
男爵はかつらと扇子を投げ捨てた。ついでに捨て台詞はこうだった。
「おのれ、せっかくの計画を邪魔しおって。私の忍耐にも限度がありますぞ、カタリナ嬢!」
男爵がつまづきながら逃げていくのを見つつ、ジェシカが言った。
「初耳なんですけど、マスカレイドの保管金庫って?」
「城の最上階に厳重な保管庫があるの」と、カタリナはフフンと笑いながら小声で言った。
そして、ジェシカはそのあと歩きながら廊下で聞いたのだが、本物はカタリナが預かっており――保管庫にはプラスチックで作ったレプリカが保管してあるのだった。
=======
ロアーヌメインのサイト復活を祝って、もうちょっと洒落たものを書く予定だったのですが、ベタコメディで失礼。モニカの替え玉はカタリナのお側仕え、と設定。ハッタリはできるけど、家柄などは多分、普通の子だと思います。
じつは、ホームズのパロディをディクスン・カーが書いていて、これはさらにそれのロマサガ3版パロです。
ゴドウィンの乱が片付いた直後、城下でユリアンたちを見送ったカタリナは、夜も更けて王宮に戻る途中に、ひとりの侍女とともにこの一角にさしかかった。この侍女ジェシカは、モニカの替え玉で活躍したあの娘である。
「にぎやかな人たちでしたわね、これでロアーヌもまたひっそりとなりますわ」と、ジェシカが言った。
「一緒になってはしゃいでいたのはどこの誰かしら? とにかく、もう遅いから静かに戻りましょう」と、カタリナは面倒くさそうにいう。
「あの、わたくし」と、ジェシカはかしこまって、カタリナの気を引くようにちょっと声を高めた。「あの冒険がありましたので、有給休暇をいただくことにしました。ご挨拶が今頃になって申し訳なく……」
「あら」
カタリナはそこで池のふちに立ち止まり、彼女の方を向いた。
「何日くらい、お休みするの?」
「はあ、2日ですが」
ほのかな外灯の明りに、アメジストの瞳がちょっとだけ驚いたようだった。
「それは、残念ね。あの冒険は私の指図だったのだから、しばらくうちの館で休んでもらえればと思っていたの。でもうちの領地までは急いでも馬車で丸一日。休暇が2日では無理な日程だわ」
「それは、残念です……」
ジェシカはわざとらしいくらいにうなだれた。それを言うならもっと早く、この災難だった侍女のためにカタリナ本人が休暇を組んで、招待してくれればいいではないか。まったく、この人は人をこき使うけれど感謝ということが乏しい。
と、下を向いていたジェシカの目の前に、不意に手紙が落ちてきた。二人はあやしんで凍りついたが、結局カタリナがこれを拾って、明りの近くまで移動し、大して確かめもせず開封する。
「ミカエル様からでは?」と、ジェシカは期待を込めて聞いた。
「違います」と、カタリナは真面目くさって答え、そのまま声に出して読み始める。
(「要するに、便箋は見慣れてると言いたい?」と、ジェシカは薄目を開けてカタリナを盗み見た。)
「大至急、カタリナ様にお願いがございます。ゆえあって身分は明かせませぬが、ロアーヌの繁栄と平和を願う者とだけ申しましょう。時刻は夜中の12時、ロアーヌ庭園ハス池前にて、ひそかにご相談したく。仮面を着用しますが怪しまれませぬよう」
ジェシカは迷惑そうに眉をひそめた。
「そろそろその時刻じゃないかと思いますけど?」
その言葉を待ち構えていたかのように、一人の大柄な貴婦人が姿を現した。黒いドレスに扇子に、ヴェールに、と、仮面がいらないくらいに顔を隠すだけ隠しているが、動きがぎこちない。
「あなたが、カタリナ・ラウラン嬢でしたわね?」
声が結構低い。
カタリナはごく普通に応対した。「ええ。そしてこちらが侍女のジェシカですわ」
ジェシカは一層面倒くさい。しかし貴族の侍女であるから、とりあえず優雅に会釈してみせた。
「ごきげんよう。あのう、カタリナ、私の身分は、予想がついていらっしゃる?」
「はい、その扇子の紋章が何よりの目印ですわ。アウスバッハ家の、つまりモニカ様の父方の伯母君でいらっしゃるのでしょう」
「その通り。じゃあ信用してもらえるわね。この手紙をごらんになってほしいのよ」
と、手渡したのはアウスバッハの紋章入りの手紙だ。
「失礼して、拝読いたします」と、カタリナはこれを広げて読んだ。
「前略。こないだ貰ったいちごジャムですけれど、酸っぱくてまずそうなパッケージなので、男爵にあげることにしました。きかれても黙っててくださいね。じゃあまた。M」
カタリナは顔をあげてためいきをついた。貴婦人はその顔を覗き込んで、鋭く言う。
「Mとあります。モニカ姫のイニシャルですわ。気に入らない頂き物を男爵に回す、とっても失礼な行為の動かぬ証拠でしょう。悪いことはいいません、こんな姫の侍女なんて辞めて、実家へお帰りなさい。さしあたっては、私の立会いのもと、マスカレイドの保管金庫で引継ぎなさってからね」
「お断りいたします」と、カタリナは言い返した。
「なんですって」
「まず、手紙が偽だからですわ。ねえ、ジェシカ?」
ジェシカはいきなり自分にふられて固まったが、そこはカタリナにつかえて5年のベテラン、ハッタリには自信がある。涼しい顔でこう言った。
「内容は、いかにもやりそうなイタズラですけれど、言葉遣いが違います。モニカ様は『こないだ』とも『じゃあまた』とも書きません」
カタリナはこれに付け加えた。「ところがその筆跡には見覚えもありますわ、アウスバッハ伯母君。いえ」と、剣をサラリと抜いて冷たく言った。
「悪筆で有名なゴドウィン男爵。女装がこんな夜でもバレバレって情けないわね。大体、靴のサイズがこんなに大きいのでは目立ちすぎよ。しかも、アウスバッハの縁者が馬車にも乗らず、靴を泥だらけにして庭を歩いてくるとでも? さて、マスカレイドの保管金庫に案内させようとしても無駄です。つかまらないうちに、とっとと逃げたらいかが?」
男爵はかつらと扇子を投げ捨てた。ついでに捨て台詞はこうだった。
「おのれ、せっかくの計画を邪魔しおって。私の忍耐にも限度がありますぞ、カタリナ嬢!」
男爵がつまづきながら逃げていくのを見つつ、ジェシカが言った。
「初耳なんですけど、マスカレイドの保管金庫って?」
「城の最上階に厳重な保管庫があるの」と、カタリナはフフンと笑いながら小声で言った。
そして、ジェシカはそのあと歩きながら廊下で聞いたのだが、本物はカタリナが預かっており――保管庫にはプラスチックで作ったレプリカが保管してあるのだった。
=======
ロアーヌメインのサイト復活を祝って、もうちょっと洒落たものを書く予定だったのですが、ベタコメディで失礼。モニカの替え玉はカタリナのお側仕え、と設定。ハッタリはできるけど、家柄などは多分、普通の子だと思います。
じつは、ホームズのパロディをディクスン・カーが書いていて、これはさらにそれのロマサガ3版パロです。
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Comment
無題
サリュさん所のモニカならいかにも言いそうと思って、きっとハッタリかませない私はロアーヌ侍女失格。
わーいサリュさんのロアーヌだv
久しぶりに私もサリュさんの次世代を全編読みに来てたところです。てこれなんかスゴイことになってませんか…つい夜を徹してしまいました。(何度か落ちたけど)
ブログにアップ分未読ですのでまだまだ楽しみは尽きないです。うふ。
わーいサリュさんのロアーヌだv
久しぶりに私もサリュさんの次世代を全編読みに来てたところです。てこれなんかスゴイことになってませんか…つい夜を徹してしまいました。(何度か落ちたけど)
ブログにアップ分未読ですのでまだまだ楽しみは尽きないです。うふ。
ありがとうございます!
お忙しいところ、お越しいただき恐縮至極v
>サリュさん所のモニカならいかにも言いそうと思って、きっとハッタリかませない私はロアーヌ侍女失格。
花さんを侍女とはとんでもない。VIP待遇で、酸っぱいジャムやら渋い紅茶やらできっと某姫がおもてなしを(殴)
>ブログにアップ分未読ですので
ありがとうございます。
長編にも限度があるだろうと自分に突っ込み。ていうか、今年こそ…
>サリュさん所のモニカならいかにも言いそうと思って、きっとハッタリかませない私はロアーヌ侍女失格。
花さんを侍女とはとんでもない。VIP待遇で、酸っぱいジャムやら渋い紅茶やらできっと某姫がおもてなしを(殴)
>ブログにアップ分未読ですので
ありがとうございます。
長編にも限度があるだろうと自分に突っ込み。ていうか、今年こそ…